■ペット・ロスへの対応   担当:本阿彌先輩

1. ペット・ロスとは?
  @「ペット・ロス」・・・最近、「ペット・ロス」という言葉をよく耳にするようになった。
        この言葉をそのまま訳すと「ペットを失う」ということになるが、
        実際には「愛する動物を失った飼い主の悲しみ」を表現する言葉として使われている。
  A「ペット・ロス症候群」?・・・この言葉はマスコミによって作り上げられたものであり、
        現在のところ、動物を亡くした飼い主に対して特有の症候群が、
        精神科領域で確立されたということはない。
        「ペット・ロス」は愛する動物を失ったことに対する正常な反応であり、
        決して特別な病気ということではない。
        ごくまれに、専門家の助けが必要となることがあるが、
        この場合にはペット・ロス以外の問題が存在していることが多い。
        よって、このような特別な病気であるかのような印象を
        与えてしまう危険性のある表現は使うべきでない。
  B周囲の反応・・・飼い主の中には、ペットの死をこんなに悲しんだり、
        いつまでも引きずったりすることは異常なのではないかと思ってしまう人がたくさんいる。
        また、一般社会の受け止め方として、「たかがペットが死んだくらいで」
        という風潮がまだまだ根強く残っている。
        周囲の人の何気ない一言で深く傷ついてしまう人たちがいることも事実である。
  C背景・・・番犬やネズミ捕りなどの使役動物としての利用はもはや少なく、
        今では愛玩・伴侶動物として共に生活をするようになってきている。
        この背景としては、動物がそばにいることで、社会において人々が感じる孤独感や、
        分離感、ストレスを解消し、安らぎや仲間を求める気持ちを満たしてくれたこと、
        核家族化や少子高齢化、一人住まいの増加などといった家族形態の変化によって、
        家庭内に動物が受け入れやすくなったこと、が挙げられる。

2. 「ペット・ロス」に対する反応
   人と動物の関係は多種多様であり、飼い主の生活の中にペットが果たす役割も様々である。
   そのため、「ペット・ロス」に対する反応も様々なものがある。
   一方では、多くのペットが日々飼い主に捨てられている現状をみると、
   明らかに一部の飼い主にとってペットと別れることは取るに足らないことであり、
   不用品を廃棄することと同程度の影響しか与えないことがわかる。
   しかし、他方では、多くの飼い主が困難な状況下でもペットを飼い続けようと努力し、
   ペットの死が相当な打撃となってしまう飼い主もいる。
   また、この両極の間にも様々な反応がある。
   ペットを失ったときの症状や感情は、「身内に先立たれること」と同様であると一般には考えられている。
   しかし、これが全ての飼い主にあてはまるわけではなく、
   また中にはその症状や感情がペットの死のみによって引き起こされているわけではない場合もある。
   この表現によって、ペット・ロスの症状を必要以上に理解した気になることは、
   ペット・ロスの緩和を試みる際に悪影響を与えてしまう危険性がある。

3. 悲しみのステップ
 @死期が迫っていること、最後が近づいているとの知らせに対する反応
   ・ 第一段階:否定、ショックおよび無感覚。
   ・ 第二段階:怒り。
   ・ 第三段階:交渉。
   ・ 第四段階:沈うつ。
   ・ 第五段階:受け入れ。
 A死亡後の反応
   ・ 第一段階:無感覚、ショック、不信や拒絶。
   ・ 第二段階:思い焦がれ、強い悲嘆。
   ・ 第三段階:混乱、絶望。
   ・ 第四段階:受け入れ、立ち直り。

4. 「ペット・ロス」の種類
  @住宅事情(マンション・アパートなどの集合住宅や老人ホームなどの施設のペット禁止規約)
  A飼い主の生活状況の変化(転勤・引越し、飼い主のアレルギー・病気・事故)
  B行方不明や災害
  C病気や事故
  D寿命

5. 獣医療における「ペット・ロス」の緩和
 @安楽死(Euthanasia)
  一般的には、慢性的な痛み、回復する見込みの薄い疾病、
  あるいは老齢や慢性疾患によって著しく低下したQOL(quality of life)
  などは安楽死に値するといわれている。
  安楽死とは、文字通り楽な死に方であり
  大半の飼い主は、それが自分のペットにできる最後の優しさであり、
  また苦痛から開放し楽にしてやることは、飼い主の義務であるとさえ考えている。
  時には、ペットの死をいたずらに長引かせるのではなく、安楽死を選択し、
  自分は「正しいこと」をしたという認識が、ペットの死に対する慰めとなることもある。
  しかし、一方では安楽死を自らが下した死刑宣告であると考え、罪の意識に苛まれる人もいる。
  それが避けられない事態であったのかどうかをその後も迷い、
  セカンド・オピニオンを得なかったことを悔やんだり、獣医師に責任転嫁させようとする人もいる。
  これは、ペットの状態の深刻さに飼い主がまったく気づかず、
  安楽死の必要性が突然目の前に呈示された場合などに起こりやすい。

・バーナード・ハーシュホン(ニューヨークの獣医師)の6つの基準
   1) 現在の状態が快方に向かうことはなく、悪化するだけか?
   2) 現在の状態では治療の余地がないか?
   3) 動物は痛み、あるいは身体的な不自由さで苦しんでいるか?
   4) 痛みや苦しみを緩和させることはできないか?
   5) もしも回復し、命を取りとめたとして、自分で食事したり排泄したりできるようになるか?
   6) 命を取りとめたとしても、動物自身が生きることを楽しむことができず、性格的にも激しく変わりそうか?

・安楽死の方法…注射麻酔薬であるペントバルビタールを、
     麻酔量を超える過剰な量を静脈内にゆっくりと投与する。
     麻酔量を投与した段階で、動物の意識と痛覚は完全に失われ、
     それ以上投与すると呼吸停止、続いて心停止が起こる。

・安楽死のプロセス…安楽死が非常に円滑に進んだ場合、飼い主は悲しみがあるにもかかわらず、
     動物病院のスタッフに対して「親切にしてもらった」と深い感謝の念を示すことがある。
     これは動物病院にとっては非常にやりがいのあることである。
 @.安楽死前
     1) 可能な限り、飼い主に「悪い知らせ」を聞く心の準備をする機会を与えたか?
     2) 飼い主は話されたことを完全に理解したか?
     3) 飼い主は動物の診断や治療内容を理解したか?
     4) 必要に応じて他の選択肢を考慮したか?
     5) 動物に適切な治療の機会が与えられたか?
     6) 飼い主には質問するように促したか?
     7) 飼い主はできる限りのことはすべて行ったという確信を持ったか?
     8) 他の家族、特に子供たちの気持ちや意見を考慮したか?
     9) 安楽死前の話し合いの機会をもったか?
 A..安楽死
     1) 家族全員にお別れを言う機会が与えられたか?
     2) 飼い主には家庭で安楽死させるとの選択肢が示されたか?
     3) 病院で行う場合、スタッフに飼い主の状況を伝えて準備したか?
     4) 飼い主が立ち会う機会を与えたか?
     5) 飼い主が立ち会った場合、何が起こるかを事前に話したか?
     6) 安楽死の前後に飼い主がプライバシーを保てるように手配したか?
     7) 処置はうまくいったか?死亡は痛みがなく穏やかであったか?
     8) 死亡した動物を快適かつ平安にみせるように努めたか?
     9) 飼い主が立ち会わなかった場合、後で来院する機会が与えられたか?
     10)いずれの場合にも、飼い主に動物へのお別れを言う短時間のプライバシーを与えたか?
     11)動物と飼い主の両方に対して、すべてのスタッフが繊細さと優しさをもって対応したか?
 B.安楽死後
     1) 遺体は敬意をもって取り扱ったか?
     2) 遺体は飼い主が希望した方法で処理したか?
     3) 飼い主には思いやりをもって元気づけたか?
     4) 何か余計な心配や苦しみを与えるようなものはなかったか?
     5) スタッフ全員で飼い主を元気づけたか?アフターケアは適切であったか?

 Aインフォームド・コンセント(Informed Consent:IC) 
     一般的には「説明と同意」と訳される。
     病気の動物の飼い主に対して、獣医師は、その動物の病態や治療について、
     飼い主の知る権利を十分に満たすように説明し理解させ、その後に、同意を得て治療にあたる。
  ・DOS→POS…1980年代までの獣医療は、
       「獣医師は自己の最善を尽くして、病気の動物に対して獣医療を施してあげる」
       という獣医師中心主義(DOS:doctor oriented system)の考えが主体であった。
       しかし、現在は「病気の動物を中心にして、飼い主と獣医師、AHTなどのスタッフが協力して、
       病気の治療だけでなく、飼い主の抱える問題までもケアする」
       という動物・所有者中心主義(POS:problem oriented system)が望まれるようになってきている。
  ・セカンド・オピニオン(second opinion)の紹介…
       安楽死や治療法に対して、飼い主が完全に納得していないならば、
       獣医師は他の病院を紹介し他の獣医師の意見を聞く、
       セカンド・オピニオンを勧めることも重要である。
  ・専門家の紹介…ペットの死と同時、もしくは事前に離婚、失業、死別、身体・精神疾患などのような
       ストレッサーが存在している人、または、ペットに対して極端な情緒的依存があり、
       ペットが生活の中心で親密な人間関係が弱かったり、欠如している人の場合には、
       ペットの死が日常生活や社会・情緒的機能を大幅に混乱させ、
       病気になったり、抑うつ症、社会的ひきこもりとなってしまう可能性が高く、
       カウンセラーや精神科医の介入が必要となる。

6. 友人のペットが死んだとき、あなたにできること
 @友人のそばにいて話を聞いてやること。
 Aもし友人が罪の意識をもっていれば、これはペットの飼い主に共通した問題であることを確信させる。
 B悲嘆にくれているときに「新しい動物を飼えばいい」とは決して言わない。
 C友人は新しい動物を飼いたいが、そう考えること自体が不誠実で、罪の意識を感じているかもしれない。
  友人の悲嘆が落ち着いてきたころには、新しい動物を飼うことを肯定してやることも大切である。



<参考文献>
・ 「ペットの死、そのときあなたは」 鷲巣月見 三省堂
・ 「コンパニオンアニマルの死」 Mary F.Stewart 永田正 訳 学窓社
・ 「人と動物の関係学」 I.Robinson 山崎恵子 訳 インターズー
・ 「獣医学部獣医事法学」 池本卯典 インターズー



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