■獣医医療における野生動物問題・勉強会資料  担当:野生動物班

1.身近な野生動物の保護
 動物病院にはキジバト、スズメなど、身近な野生動物が病気やケガで保護収容され、持ち込まれます。
獣医師は、動物の苦痛や、飢え、乾きから、解放することを職業としているので、
社会貢献の念からWRV(野生動物救護獣医師会)は野生動物の治療を無償で行っていますが、
自然に帰せるのは3分の1位です。
 また、春には巣立ちビナを多くの人が保護してきますが、
巣立ちはヒナが一人前になるための発育の一環であり、途中で保護することは誘拐であり、
生態系から切り離すことで、その固体の生命を短くする可能性が大きいのです。
また、時にはカラスやハクビシンなど、現在日本で厄介者になっている動物がほごされてきます。
これらも治療をしていますが、動物なら何が何でも保護し、治療するのがいいのか、いつも疑問になるところです。
 そして、保護や駆除される動物を、環境汚染(変化)の調査に有効に活用されることが重要になりますが、
残念ながら今のところあまり生かされていません。
 野生動物を保護することの意義の一つには害獣、害鳥の動物も自然の一部であるということです。
生態系の中で役割を持っている動物であり、これらの身近な野生動物と接することで、
人々に環境保全や自然保護を目覚めさせるきっかけとなる市民への啓発活動と考えて努力しています。
しかし、個人的な保護活動には限界があるので、
行政の関与した保護センターが必要であり、そこで獣医師を配置することも大切なのです。


誤認保護について


2.人を含めた野生動物は生態系の一部
生物多様性と種の保全を持続可能としているのは生態系のバランスである。
都市周辺に生息する野生動物の中で、人の生活に適応する動物は増加していく。
 人との共存・生態系のバランスを考えると野生動物を駆除することも必要になってくる。

<東京のカラス問題について>
 東京のカラスは増加傾向にある。昭和60年、7千羽 → 平成13年、3万5千羽へ  

(要因)
・ 人の出す大量な生ごみが安定した栄養源になる
・ 天敵となるオオタカやフクロウなど存在しない
・ 夜間に人が出入りしない公園樹林は、集団で夜を過ごす習性のあるカラスの都合のよいネグラとなる。
(被害)
@ 生態系へ
・ カラスの増加で被食者は減少しバランスは崩れる。(餌のすべてを生ごみから摂取するわけではない)
A 人へ
・ 襲撃・威嚇
・ ごみ集積所で生ゴミを荒らす
・ 羽音・鳴き声は騒音となる
・ ごみ集積所やネグラ周辺での糞
・ カラスと人の共通感染病原菌の懸念

<対策>
・カラスの生態を把握する
・ 生ごみをカラスに与えないようにする。
・ カラスを捕獲後、殺処分・移動させる←都市部の特徴を踏まえて、
 安全確実に実施し、かつカラスの習性を利用して効率的に行う。




3.日本の生物多様性
南北に長く、たくさんの島からなる日本列島は多種多様な生物が存在している。
生態系は、様々な動植物が相互に関係し合って保たれている。
したがって、ある種がいなくなったり、外部の生物が侵入してきたりするとこのバランスは崩れてしまう。
人間によって意図的、非意図的かどうかにかかわらず、
もともと自然状態では生息していない地域へ人為的要因で持ち込まれ、自然に分布した動植物を移入種と言う。

移入主問題
@捕食
  アライグマ・ジャワマングース・イタチ・ノネコ・インドクジャク
  カミツキガメ・ウシガエル・ブラックバス・ブルーギル
A駆逐、種間競争
 ・タイワンリス→ニホンリスとの競争
 ・ミシシッピアカミミガメ〈ミドリガメ〉→サガメとの競争
 ・オオタナゴ→在来タナゴとの競争
 ・ブラックバス→在来淡水魚との競争
B遺伝子撹乱
 ・タイワンザル→ニホンザルとの交雑
 ・コウライキジ→ニホンキジとの交雑
 ・クワガタムシ
C植生、農林業被害
 ・アライグマ→農作物等を食害
 ・タイワンリス→生態系の植物を食害
Dズーノーシス
 ・アライグマ→アライグマ回虫症は人間に入る可能性がある。
 ・ハクビシン→SARSの感染源としての危険性をはらむ。
 ・マングース→レプトスピラ症の伝播の危険性がある。
 ・輸入鳥類→鳥インフルエンザを伝播する可能性がある。
 ・爬虫類→サルモネラ症などの感染症を広める可能性がある。
E人間への直接被害
 ・カミツキガメ→噛まれることによる怪我の恐れ
 哺乳類
世界:4500〜4800種
日本:110種
   固有種 49種
英国:44種
   固有種 ゼロ
世界絶滅危惧動物図鑑@より
移入 理由
@ペットの野生化
A他動物の駆除目的
Bレジャー目的
C物資に紛れ込んだ
D家畜の野生化


 対策  まずは、移入種をつくらないこと!持ち込まないことと、野生化させないことである。
輸出入に際しては、検疫体制の強化と審査体制の確立が必要である。
また、終生飼育は我々にできる最も身近な対策だと思う。
既に定着してしまった問題となる移入種に対しては、生態系からの根絶が原則である。
実際には根絶は不可能な場合が多いが、捕獲・処分をしていかなければならない。
動物愛護 動物愛護の立場にたち、捕獲・処分される移入種を人道的に取り扱うのは当然だが、
移入種の根絶と、個体に対する扱いは別次元の問題であることを忘れてはならない。


4.野生動物保護活動の優先順位
 獣医師の中には、動物愛護や福祉の立場に立った野生動物診療活動を行っている方もいます。
油汚染事故等で一度に多量の野生動物が被害にあった時には、
傷病の程度や種類によって優先順位を瞬時に決め、診療する必要があります。
この診療方針はトリアージと呼ばれ、人間の災害救急医療でも同じ方針がとられます。
また野生動物の場合、自然に完全に復帰できないものには安楽死が必要だと考える獣医師もいます。
 野生動物保護活動も、希少種や天然記念物であれば国の対応は特別です。

そのうちのいくつかを紹介します。
★東京都は、アホウドリ約1400羽の保護のため、巣が多く存在する場所
 の土砂崩れ防止のため数億円を投じている。
 
★兵庫県コウノトリの里の約100羽には毎年3億円位予算化をとっている。

★北海道のシマフクロウの数百羽には、フライングケージとして数億円かけている。

★オオタカの繁殖地であるとわかれば、そこの土地開発は中止になり、
 計画が変更される。

・ ・ ・ etc

 一方有害鳥獣として、毎年たくさんのスズメ、カラス、ノウサギ、シカ、
イノシシ、サル、カモシカ、タヌキなどが捕獲駆除されています。
 
 このように、理想的には種や個体による生命の重さの差は存在してはいけないが、
実際の野生動物の診療の現場においてはそういったものが存在し、
またそれが存在してしまうのは仕方のないことだと考える獣医師も多いようです。



5.人と野生動物の住み分け
 人と野生動物の共存が好ましいことではあるが、
そのためにはその自然の状態や希少種の程度や数によって区分けをし、自然保護をするのが現実的である。

@野生動物の絶対聖域
 野生動物が主体で自然のままにしておき、人の手を加えず、人の出入りを禁止する。
研究目的の場合でも、食糧や排泄物を持ち帰り、動植物や感染源、有害物質を持ち込まない。

A野生動物の聖域
野生動物が主体で立ち入り制限などがあり、エコツアーを行ったりする。
(例:小笠原諸島、天売(てうり)島)人は一時的なお客さんに位置づけられる。
○エコツーリズム:
自然環境の保全を確保しつつ、自然や文化を活かした観光と地域振興を両立させ、環境教育にも役立つ観光・旅行形態。
一般には1982年にIUCN(国際自然保護連合)が「第3回世界国立公園会議」
で議題としてとりあげたのが始まりとされている。
日本においてもエコツアーを実施する事業者は多く、
環境省では持続可能な社会の構築の手段としてエコツーリズムの推進に向けた取り組みを進めている。

B自然公園
 自然が主体であるが、その中で人の日常的活動も可能で、動物の住環境に人が共存している。
自然公園をつなぎ、緑の回廊を作り、動物間の交流を広げる。
○緑の回廊(コリドー):
 森林生態系保護地域を中心に他の保護林とのネットワークの形成を図るため、
これらの保護林間を連結する野生動植物の移動経路のこと。
野生動植物の移動経路を確保し、生息・生育地の拡大と相互交流を目的として管理を行うことにより、
分断化された個体群の保全と個体群の遺伝的多様性の確保、生物多様性の保全を期待している。(例:奥羽山脈)

C里山
人の経済域で野性動物が持続的に共存している。人が自然を感じる身近な場所であるが減少している。
都市では小学校にビオトープをつくり、自然学習の場にもなる。
○ビオトープ:
本来その地域に住むさまざまな野生の生物が生きることができる空間。
森林、湖沼、ヨシ原、干潟、里山、水田などのビオトープがある。人の管理が必要である。

D都市
 人の生活が主体であるが、それに適応した野性動物のみが生息している。
(例) カラスなど。最近ではイノシシやタヌキが都市に出没する例も増えている。
  原因としては、森林など本来の生息域の縮小による餌などの減少などが考えられる。

 このように区分することができるが、温暖化など環境破壊が地球規模で起こっているので、
生態系の保全は地球規模の変動を含めて考える必要がある。


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